高松高等裁判所 平成10年(ラ)38号 決定 1999年3月05日
抗告人 X
相手方 Y
被相続人 A
主文
1 本件即時抗告に基づき原審判主文2、3項を次のとおり変更する。
(1) 被相続人の遺産を次のとおり分割する。
イ 原審判添付別紙遺産目録I23記載の土地、同II3記載の建物、同III2ないし6、8ないし10、12ないし15記載の預貯金、同IV1、2記載の保険、本決定添付別紙遺産追加目録2記載の保険は、抗告人の単独取得とする。
ロ 原審判別紙遺産目録I1ないし22記載の土地、同II1、2記載の建物、同III1、7、11、16、17記載の預金、同IV3記載の有限会社a退職金、同V1記載のゴルフ会員権、同V2記載の有限会社a社員権、本決定添付別紙遺産追加目録1記載の立木売却益、同目録3ないし5記載の保険は、相手方の単独取得とする。
(2) 相手方は、抗告人に対し、本審判確定の日から3か月以内に、金1971万1633円を支払え。
2 本件手続費用は、原審及び当審を通じてこれを3分し、その2を抗告人の、その余を相手方の各負担とする。
理由
第1本件即時抗告の趣旨
原審判について抗告する。
第2一件記録に基づく当裁判所の認定判断は次のとおりである。
1 相続の開始、相続人及び法定相続分
原審判2枚目表1行目文頭から同3行目文末までを引用する。
2 遺産の範囲等
(1) 被相続人の遺産は、原審判添付別紙遺産目録(以下「遺産目録」という)及び本決定添付別紙遺産追加目録(以下「遺産追加目録」という)記載のとおりである。他に、本件遺産分割の対象とすべき遺産があることを認めるに足る的確な証拠がない。
ただし、遺産目録を次のとおり補正する。
イ 遺産目録4枚目表末行目の「生命保険」を「保険」と改める。
ロ 同4枚目裏1行目の「115万0000円」を「121万5189円」と改める。
ハ 同4行目の「ゴルフ会員券」を「ゴルフ会員権」と改める。
ニ 同7行目の「社員券」を「社員権」と改める。
(2) 被相続人の遺産の評価額は、遺産目録及び遺産追加目録記載のとおりであり、その合計額は107,779,885円である。
イ 遺産目録記載の土地、建物(ただし遺産目録I1、11ないし20記載の土地を除く)の評価額は、平成7年度固定資産評価額によった。また、遺産目録I1、11ないし20記載の土地の評価は、森林組合による立木を含めた評価額によった。
なお、本件では、相続開始時と遺産分割時との間において、さほどの期間が経過していないし、この期間において前示評価額についてそれほどの変動があったとはいえない。しかも、各当事者は、原審において、前示評価額を用いて遺産分割をすることに対し、とくに異議を述べていない。そうであるから、相続開始時と遺産分割時を通じて、前示評価額によるのが相当である。
ロ 遺産目録及び遺産追加目録記載の預貯金、保険の評価額は、相続開始時及び遺産分割時を通じて、同各目録記載の評価額によった。
ハ 遺産目録記載のゴルフ会員権の評価額は、相続開始時及び遺産分割時を通じて、同目録記載の評価額によった。
ニ 遺産目録記載の有限会社a社員権の評価額は、相続開始時及び遺産分割時を通じて、同目録記載の評価額によった。
ホ 遺産追加目録2記載の保険は、その全額が遺産を構成するものとすべきである。これにつき相手方が主張する2年間分の保険料の支払に関しては、当事者間の求償の問題として、解決するのが相当である。
(3) 抗告人は遺産目録I23、同目録II3記載の土地建物に居住し、相手方は遺産目録I1、同目録II1記載の土地建物に居住している。相手方は有限会社aの取締役をしている。
3 特別受益
原審判2枚目表13行目文頭から2枚目裏8行目文末まで(ただし、同3行目の「21」を「I21」と改める)を引用する。
4 寄与分
原審判2枚目裏10行目文頭から3枚目表3行目文末までを引用する。
5 みなし相続財産等
(1) みなし相続財産の額は、次のとおり、合計1億1855万3663円である。
遺産額+特別受益額 = 107,779,885+8,771,000+2,002,778 = 118,553,663
(2) 具体的相続分
イ 抗告人
みなし相続財産額×法定相続分-特別受益額
= 118,553,663×1/2-2,002,778
= 57,274,053
ロ 相手方
みなし相続財産額×法定相続分-特別受益額
= 118,553,663×1/2-8,771,000
= 50,505,831
6 遺産分割についての希望
(1) 抗告人
抗告人は、その居住建物である遺産目録I23記載の土地、同目録II3記載の建物のほかに、将来高知に戻ることを前提に、同目録I1ないし22記載の土地及び同目録II1、2記載の建物の取得も希望している。
(2) 相手方
相手方は、養子を迎えて被相続人が代々受け継いできた不動産を承継させるため、遺産目録I1ないし22記載の土地、同目録II1、2記載の建物の取得を希望している。
7 当裁判所の定める分割方法
(1) 不動産
イ 抗告人
遺産目録I23記載の土地、同目録II3記載の建物は、抗告人の居住建物である。したがって、上記土地建物は、抗告人の取得とするのが相当である。
ロ 相手方
遺産目録I1記載の土地、遺産目録II1記載の建物は、相手方の居住建物である。相手方の生活の本拠地が高知県であるのに対し、抗告人の生活の本拠地は埼玉県である。相手方は、高知県で林業を営む有限会社aの取締役である。以上によれば、遺産目録I1ないし22記載の土地、同目録II1、2記載の建物は、相手方の取得とするのが相当である。また、相手方に遺産追加目録1記載の立木売却益を取得させるのが相当である。
(2) 預貯金
イ 相手方
遺産目録III1、7、17記載の預金口座について、被相続人の死亡以降相手方によって管理されてきた期間において、本件遺産に属しない金員の入出金が行われている可能性が強い。また、遺産目録III11、16記載の預金は、相手方によって既に解約済みである。そうであるから、遺産目録III1、7、11、16、17記載の預金は、相手方の取得とするのが相当である。
ロ 抗告人
遺産目録III2ないし6、同8ないし10、同12ないし15記載の預貯金は、抗告人の取得とするのが相当である。
(3) 保険・年金・退職金
イ 相手方
相手方は、被相続人とともに、有限会社aの経営に携わり、被相続人の死後も同会社の取締役として、同会社の経営に関与している。なお、遺産追加目録3ないし5記載の保険は、相手方によってすでに解約済みである。そうであるから、遺産目録IV3記載の有限会社a退職金、遺産追加目録3ないし5記載の保険は、相手方の取得とするのが相当である。
ロ 抗告人
遺産目録IV1、2記載の保険、遺産追加目録2記載の保険は、抗告人の取得とするのが相当である。
(4) 有価証券・ゴルフ会員権
相手方は、被相続人とともに、有限会社aの経営に携わり、被相続人の死後も同会社の取締役として、同会社の経営に関与している。そうであるから、遺産目録V2記載の有限会社a社員権は、相手方の取得とするのが相当である。
抗告人は、遺産目録V1記載のゴルフ会員権証券を取得することを拒んでいる。そうであるから、遺産目録V1記載のゴルフ会員権は、相手方の取得とするのが相当である。
8 代償金
(1) 前示7の相手方の取得資産額は7021万7464円となる。
相手方の具体的相続分は5050万5831円であるから、1971万1633円超過となり、抗告人は、同金額を代償金として取得できる。
(2) 前示のとおり、相手方は、抗告人に対し、代償金として1971万1633円を支払うべきである。
なお、相手方は、被相続人の生前から、同人とは別に固有の資産を形成しており、現在も有限会社aの取締役として同会社の経営に関与していること、相手方が本件遺産分割により取得する資産の種類・評価額が前示のとおりであることを考慮すると、相手方には前示代償金の支払能力があるものと認めるのが相当である。
もっとも、諸般の事情を考慮して、前示代償金の支払につき、本審判確定の日から3か月の期間の余裕を置くのが相当である。
9 まとめ
以上をまとめると次のとおりである。
(1) 抗告人取得資産
遺産目録I23記載の土地、同II3記載の建物、同III2ないし6、8ないし10、12ないし15記載の預貯金、同IV1、2記載の保険、遺産追加目録2記載の保険
(2) 相手方取得資産
遺産目録I1ないし22記載の土地、同II1、2記載の建物、同III1、7、11、16、17記載の預金、同IV3記載の有限会社a退職金、同V1記載のゴルフ会員権、同V2記載の有限会社a社員権、遺産追加目録1記載の立木売却益、同目録3ないし5記載の保険
(3) 代償金
相手方が抗告人に支払うべき代償金は1971万1633円となる。
なお、前示のとおり、本審判確定の日から3か月の支払猶予期間を置くのが相当である。
第3一件記録に基づく、抗告理由に関する当裁判所の認定判断は次のとおりである。
1 (1) 抗告人の主張
相手方の特別受益である原審判添付別紙特別受益目録(以下「特別受益目録」という)3、4記載の土地の特別受益評価額が不当である。また、同土地について相手方が取得した駐車場収入を特別受益に加算すべきである。
(2) 検討
特別受益目録3、4記載の土地の相続開始時における評価額は、前示引用の原審判理由説示のとおり、877万1000円とみるのが相当である。抗告人は上記金額が不当である旨主張するが、これを裏付けるに足る証拠がなく、理由がない。
また、特別受益目録3、4記載の土地の特別受益評価額は、前示のとおり、相続開始時における同土地の評価額によって算定することによって足りる。そうであるから、仮に、相手方が同土地の駐車場収入を得ていたとしても、これを特別受益に加算すべきであるとはいえない。
2 (1) 抗告人の主張
相手方が遺産目録記載の土地について取得した駐車場収入を特別受益に加算すべきである。
(2) 検討
被相続人の生前において、相手方が抗告人主張の駐車場収入を取得していたことを認めるに足る的確な証拠がない。
また、仮に相手方が、被相続人の死後において、同土地の駐車場収入を得ていたとしても、同駐車場収入は同土地の法定果実であるから、当然に遺産を構成するとはいえない。そして、同駐車場収入を遺産分割の対象とする旨の合意があるとはいえない本件においては、これを本件遺産分割の対象とすべきであるとはいえないし、これをもって特別受益に当たるものということもできない。
したがって、抗告人の主張は理由がない。
3 (1) 抗告人の主張
相手方が本件遺産を構成する山林(以下「本件山林」という)の立木を伐採、売却して得た売却代金等の利益を遺産分割の対象とすべきであるし、特別受益として加算すべきである。
(2) 被相続人の生前において、相手方が抗告人主張の利益を取得していたことを認めるに足る的確な証拠がない。
また、仮に、相手方が、被相続人の死後において、抗告人主張の利益を得ていたとしても、前示のとおり、本件山林(同山林上の立木を含む)は、本件遺産分割により、すべて相手方の取得財産とすべきであり、本件山林の評価額には、本件山林上に育成する立木の評価額が含まれているのであるから、前示のとおり評価して遺産分割することが不当であるとはいえない。
したがって、抗告人の主張は理由がない。
4 (1) 抗告人の主張
相手方が保険金受取人として受領した生命保険金を遺産分割の対象とすべきであるし、特別受益として加算すべきである。
(2) 検討
イ 被相続人を保険契約者とする生命保険契約により、相手方が受領した保険金は、遺産目録及び遺産追加目録記載の保険以外には、下記のとおりであり、相手方は、保険金1072万5150円を受領したものと認められる(なお、相手方は保険金内金300万円の交付を受けた残額772万5150円について、保険金据置の措置をとり、同金員は相手方の保険会社に対する預金となった)。
記
保険契約者 被相続人
被保険者 被相続人
受取人 相手方
保険会社 b生命保険相互会社
保険金 1072万5150円
ロ 相手方は、被相続人と保険会社間の保険契約における保険金受取人としての地位に基づき、相続とは無関係に前示イの保険金を取得したものである。そうであるから、前示イの保険金は、保険金受取人である相手方の固有資産であり、被相続人の遺産を構成するとはいえない。
ハ 前示ロと同様に、前示イの保険金は、相手方が保険金受取人としての地位に基づいて保険会社から受け取ったものであるから、これが、民法903条1項所定の要件である「被相続人から」の「遺贈」ないし「贈与」に該当するとはいえない。そうである以上、前示イの保険金が特別受益に当たるとはいえない。
また、被相続人が前示イの保険契約をしたのは、同人と相手方夫婦間に子供がなかったことなどから、被相続人死亡後の相手方の生活を支える糧とするためであったものと認められる。すなわち、被相続人は、夫としての立場に基づき、同人死亡後の妻の生活保障をすることを目的として、前示イの保険契約をしたものと認められる。以上に、前示イの保険金の額等の諸般の事情を考えあわせると、同保険金は特別受益に当たらないものというべきである。
なお、本件遺産分割による抗告人の取得資産が前示のとおりであること、抗告人の生活状況等の諸般の事情を考えあわせると、前示イの保険金を特別受益としなければ相続人間の衡平に反する事態が生ずるものとはいえない。
ニ のみならず、前示ハのとおり、被相続人は、相手方の生活保障をする趣旨で、前示イの保険契約をしたものといえるのであるから、被相続人は、相手方を保険金受取人とする保険契約を締結することにより、遺産に対する相手方の法定相続分に加えて、さらに同保険契約による保険金をも相手方に取得させる意思を有していたことが明らかである。そうすると、仮に前示イの保険金が民法903条1項所定の要件に該当するとしても、被相続人は、前示イの保険金につき持戻免除の意思表示をしたことが明らかである。したがって、前示イの保険金を特別受益として持ち戻すべきであるとはいえない。
ホ なお、抗告人が、他にも存在する旨指摘する生命保険は、保険契約者が有限会社a、被保険者が被相続人のものであると認められる。このように第三者が保険契約を締結した場合には、第三者が被相続人を保険金受取人として指定したのであれば、被保険者の死亡の時はその相続人を受取人に指定する旨の黙示の意思表示があったものと推定できるから、保険金請求権は、相続人の固有資産となる。また、第三者が保険金受取人を指定しなかったのであれば、受取人は保険契約者である第三者自身となる。したがって、保険金受取人の指定の有無・内容にかかわらず、抗告人指摘の生命保険が遺産となることはないものというべきである。
ヘ 次に、前示ホのとおり、抗告人の指摘する生命保険は、被相続人ではなく、第三者が保険契約者であるから、同生命保険は被相続人から受けた利益に該当しない。そうである以上、上記生命保険は特別受益に当たらないことが明らかである。
なお、有限会社aは、被相続人が事実上支配していた会社ではあるものの、同会社は、それ自体独立した社会的実態を有していたものと認められる。また、上記会社の会計処理につき、被相続人個人の会計との混同があったとは認められない。そうであるから、第三者と被相続人を法律上同視すべき事情があったとはいえない。したがって、有限会社aが締結した保険契約を、被相続人が締結したものと同視することができない。
ト 以上のとおり、被告人の主張は理由がない。
第4結論
よって、本件即時抗告に基づき原審判主文2、3項を本決定主文1項のとおり変更することとし、本決定主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 溝淵勝 杉江佳治)
別紙遺産目録及び特別受益目録<省略>